「高慢と偏見」のこと
ちなみに魅惑のコリン・ファースの方ではない。
原作の翻訳小説……それもオースティン研究をしている大島一彦さんという方の翻訳で一冊にまとめてくれたおかげですごく分厚くなっているやつである。
英国上流社会は自分の身分と相手の身分によって呼びかけ方が変わる(区別が目下から目上とかそれだけですまない)というやばいくらい面倒な社会なのだがその翻訳にあたっての注釈がついている。手厚い。
さてこの高慢と偏見、以前ゾンビ映画が話題になったときに紹介を書いてくださっていた方をお見かけしたのだが、そのときに
というような内容があった記憶がある(違ったらごめんなさい)。
ツンデレというのが様々な形として表現されている世なのでこれをツンデレというのか私にはよくわからないが、途中まで両者が自分の気持ちを認めたがらない、というのがツンデレに含まれるならばまさしくツンデレである。
というかヒーローがミスターダーシーだと知らずに読んだら途中からマジでくっつくとは予想できないくらいの描写である。全く出てこないまま話が進むところまである。
しかし、まったくもって恋愛方面がモダモダウダウダして進まなくてもページをめくるのがやめられなかった。主人公エリザベスの語る日常があまりに面白いからである。
もしかしたら私が19世紀英国狂いだから、というのもあるかもしれないが、彼女が見て、分析して語る、
美しく慎ましやかで優しい姉、姉に恋い焦がれている上流紳士の青年、可哀想なくらいお馬鹿な妹たち、娘たちの結婚に命をかけている母、姉とエリザベスしか好んでない父、ジェントリでない親戚たち、顔だけ良しの軍人の青年たち、上流で偉そうにしている奥様や娘たち、生活安定のために自分の考えを殺す親友などなど、
様々な人をときに褒め、ときに貶す言葉のなんと面白いことか。
途中まで割と本気で恋愛小説だということを忘れていた。
確かにミスターダーシーが自分の気持ちを認め、遅れてエリザベスが自分の気持ちを認めるところはなんとも面映い、もどかしい、そんな気分になっていたが、
そこまでが ながい。
また、そのドタバタの中での妹たちや母君のなんとも、考えなしさ、知らぬが故の無礼さは本当に身につまされる思いであった……。
まあ最後はハッピーエンドなんじゃろ、と安心して読んでいたが、結婚(婚約)は終着点ではなく新たなスタートであるという雰囲気で終わった。どことなく読後感爽やかであった。
という、主に恋愛色思ったよりなかったということばかり話してしまったが、ダーシー氏は囲い込みと手回しがすごいしなんかかぐや姫の帝(アゴ)みたいなこと言ってるしめちゃくちゃ陰湿な男の才能あると思いました まる
おしまい。